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episode "IGNITE"

episode 01 : 突きつけられた現実(2025.09.29 upload)

​多分「世の中をナメてた」んだと思います。デビュー前にお試しで挑戦して欲しいと言われたコンペを通過して、何の苦労もしないまま2009年、20代で作曲家になりました。2012年にはE-girls「Follow Me」が国民的ヒット曲になり、一躍トップクリエイターと呼ばれるようになって。2015年にはAAA「愛してるのに、愛せない」で日本レコード大賞の優秀作品賞を受賞。もはや東京でも一握りと言われるような実績を浜松在住で積み上げたけれど、その中身は「たまたまセンスが時代に合ってた」だけでした。

2019年、アルバムREACTEDの制作をしていた頃。今までと同じペースで作曲家のコンペに参加していたけれど、全く通用しなくなっていることに気付かされたのは「TWICEの日本リリース制作コンペ」だったと思います。弟イシノユウキは歌詞で何曲か通過させていたけれど、私は何度挑んでも「メロディーが採用されない」という現実がそこにありました。見渡したら歌もラップもアレンジも、世の中で流れている音楽は私たちが知っている形じゃなくなってました。

気付くのが遅かったんだと思います。

​音楽にはファッションのように流行があり、進化と変化を繰り返して行くものでした。例えるなら、平成初期にカッコ良いと言われたことに味を占めて、そのまま令和までずっと同じ格好してる人みたいな、それがJam9なんじゃないかと。そう気付いてしまった時のショックは大きかったし、グループとしても最大の挫折だったような気がします。作曲家の仕事も、通過するのは「懐かしい感じの曲をください」という発注のモノだけになっていました。

「何とかしないとJam9は生き残れない」そう思っていた矢先、コロナ禍が訪れました。

緊急事態宣言中に家でソロのアルバムを作って以降、収益もないくせに制作環境の見直しに大きな予算を投入して、プロデューサー吉田恵が連日送ってくる「今の世の中で評価されているらしい音楽」を聴き続ける日々。どんなアレンジが今っぽいのか、どんなメロディーがトレンドなのか、どんなラップがカッコ良いとされているのか。その勉強は、16歳の時に当時の彼女に「服がダサい」と言われて落ち込み、ひたすらファッション誌を読みまくった日々を思い出させました(今では笑い話だけど多感な時期の私にとっては深刻でした)。

1年間の勉強を経て2021年。

​まだまだ学びは足りていなかっただろうけど、私たちは「XPLACE PROJECT」というタイトルを掲げて、新しい時代の音楽トレンドにアジャストした楽曲制作をスタート。これできっと大丈夫、そんな想いが浅はかだったと痛感する出来事はすぐにやって来ました。

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